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旧「メルボルンに暮らす団塊世代が伝えるオーストラリアのゴルフ周辺見聞記」を拡大して、「…スポーツ周辺見聞記」 と改題しました。サッカー、ラグビー、競馬など手を広げます。お楽しみに。
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メルボルン航空ショー
メルボルン航空ショー

3月25日に航空ショ-へ出掛けた。殆どジーロング市に
位置するアバロン飛行場で2年に一度開催される航空ショ-は
軍関係者と民間の航空産業のビジネスの場でもあり、米国はもと
より東南アジアからも多くの来訪者がある。

豪州人の自動車や飛行機などの乗り物好きの度合いは驚かされる。
3日の期間のうちはじめの二日間の天候が不順だったことから、
25日は数万人が広い会場を埋めていた。

メルボルン/ジーロング間のフリーウエイは当日、会場への臨時交通
規制道路への出口ランプの遙か手前からのろのろ運転を強いられ
豪州では珍しい状況だった。

世界で4番目の規模と主催者が謳うだけあって、広大な敷地には所狭し
と軍用や民間の航空機が駐機してある。流石に広大さが売り物の
豪州での航空ショーで、開催場所アバロン飛行場は、日ごろは牧場
である隣接の地域をショーの期間は大きな駐車場に転用していた。 
その分だけ可成りの距離を歩かされたのは、仕方がなかった。 
自動車、モーターボート、飛行機と乗り物ならなんでも目がない
オーストラリア人達が、それも大変な数が遠くに見える飛行場に向かい
歩いて行く。まるで巡礼者の列のようだ。 
天候も上々でピクニック気分も高まる。
会場近辺の上空にはヘリコプターや各種飛行機が舞い、道すがら駐機
してある数多くの飛行機が望見できる。 
盛大なショーを前にして子供にかえり、胸が高鳴るのを覚える。 
マウント ユーヤング方面に少し雲があるが飛行条件としては
この上もない日和だ。


爆音

FA18ジェット戦闘機の機体の通過あとに押し寄せてくる轟音の
両極端の間に、ヘリコプターのローターの羽音の混じり合う爆音が
あり、また高周波数ピッチで私たちの耳には驚くほど静かに聞こえる
超低空飛行で飛んできた民間ジェット旅客機のエンジンの音があったり
で、実にいろとりどりだ。

アバロンには、カンタスの子会社で格安航空券が売りのジェット
スター航空がシドニーやブリスベンとの間に便を就航させていて
ジーロングの住民にとっては従来からのタラマリン空港まで行く
ことに比べたらたいそう便利になっている。


空港

東京のような大都市には、もう一つ加えて合計3つは国際空港が必要だ。
加えて24時間空港の存在が欠かせない。遙か極東の空港へ
の着陸時間の規制のため、欧州出発便のスケジュールに無理が生じ
るといった実態は更に往来が頻繁になる21世紀にはそぐわない。
それも彼方の空港が24時間開港空港である事に頼り、成り立つ
日本の「都合」であるのだから、こんな勝手が何時までも通用するはず
もない。 将に日本の常識は、世界の非常識だ。
東京も横田基地が民間にも開放されるなら、神奈川県や東京都西部の
住民にはとても便利になるはず。石原慎太郎氏がこの実現化を
推進しているが、是非成功させて欲しい。



B52戦略爆撃機

B52戦略爆撃機がフライパスの順番を待ちマウントユーヤングより更に
西側で時間をかけるために大きく旋回しているのが遙かに見える。
前回の2005年はグアム島から飛来したという米空軍のB52爆撃機は、
ほぼ定刻に会場に低空で悠然と姿を現し、2度目のフライトパス時にも取
り立てて何をして見せることもなく、その無着陸飛行を粛々と続けて消え
去った。

航空ショーに姿を見せるだけのためだけに、はるばるグアムから飛来し
降りたつこともなく、その長途渡洋飛行性能を、まざまざと見せつけたの
だった。
イラク戦争では特に協力的な友好国豪州、で開催の航空ショーだ
から、米空軍の「気遣いの贈り物」であるかのようにも見えた。

各国特に東南アジア諸国の軍人が数多くこのショーを視察に訪れること
を考えれば、米豪の親密な関係のデモンストレーション行為であった
とも云えよう。

今回は、何処から来たかも機密であるとしてアナウンスのないまま、
そしてフライパスも気のせいか会場に少し距離を置いて離れた上空を飛
んだ。 
機体のカモフラージュ色(1色)のためか、よく機体を見ることができ
ない。イラクとの戦争が混迷の度合いを深めているいることを象徴する
かのフライパスだった。


在日米軍基地

前回は、参加の米空軍パイロットの過去の所属基地のアナウンスが
あった。
(秋田県の)三沢であるとか、(山口県の)岩国や、(沖縄県の)
嘉手納基地といった日本の基地の名前が挙がるのは、日本が北東
アジアの戦略上の要地であることからなのだろう。

音速の世界

今では開発後20年を経て老朽機?ともいわれるF111ですら
マッハ1.8の超高速で飛び、例えばメルボルンからシドニーへは
17分ほどで着くという。直線で飛ぶからブリスベンへは30分
余りで着く計算だ。
ましてパプアニューギニア(PNG)やグアム程度なら2時間ほどで
到達する速さ。
悠然と飛び去ったB52爆撃機にしてもマッハ0.9だから片道
4時間往復8時間の云わば「訓練飛行」であったのだろう。
軍用飛行機の性能の強大さを、目の当たりにした。


安全性のDC3

その昔、安全性を大いに誇った懐かしいダグラスDC3も3機でデモ
飛行に加わった。
きょう日の旅客機は機種下と主翼下の合計3点の脚出しが殆ど
だが、DC3は3点部分は共通ながら脚部位置が違うのだ。第2次大戦
時の日本の零式戦闘機のように主翼下の左右と機の後部の1点で駐機
する。
駐機時は機体が傾斜しており、乗客は後部のドアから乗り込むと機首
に向かって機内の坂道を登ることになる。席には、座るという
より、将に埋まり込むかのようだ。


DC3機上でのエピソード

こんなことがあった。1965年にフィリピンの夏の首都バギオ
からマニラに向けて飛んだ際の機種がこのDC3だった。「鋲止め」の銀
色に光る「昔風の」機体だ。マニラから到着した機材が折返す便だった。
前屈みで機内を昇るように歩き、席に漸く「収まり」見回すと、私の二つ
ほど前の右側の席に、搭乗して速くも眠っているフィリピン人の男性客が
いた。
そこへ女性客室乗務員に伴われたフィリピン人のビジネスマンが来
て「鞄を置き忘れた」と彼の周囲を丹念に探し始めたのだ。乗務員がその
男を起こし鞄をみなかったかと訊くのだが、男は知らぬと答え無関心に
また寝てしまう。 鞄を探している男が、何やらこの男に話し
かけるうちに、急に腕を引いた。男の浮いた腰の後ろには、果たして
体重で薄くなった(?)鞄が座席の背にへばりついている。つかみかかる
男と席に半分座った格好で防戦する男の小競り合いは乗務員数人に止められ
間もなく件の鞄をもった男が悪態をつきながら飛行機を降り、隠した男は
何事も無かったかのように狸寝入りを続ける中を、DC3は飛び立ったの
だった。初めての外国旅行で、目撃した強烈な印象のこの出来事の舞台が
DC3だった。機体が傾いていることが、その男の出来心の数%
ほどは寄与していたかもしれない。1965年8月を懐かしく思い
出した。


零戦と対面

前回2005年のショーには、我が零戦が出ていた。スピットファイ
アーや、グラマン戦闘機に従うかのように一団の最後に飛行場を飛び立っ
た零戦は、天才堀越技師の設計で有名な優美な流線型の機体でどちらか
といえば軽めのエンジン音でその運動性能を見せてくれた。

終戦時に差しづめPNGあたりで、豪州軍に接収された零戦の生き残りが、
好事家の手で、整備され手が加えられてきたのではないか。 
米国にも零戦が何機か残っており、実際に飛んでいると聞く。 
旧敵国の戦闘機とはいえ、飛行機の好きな人にとっては、国境を越えて
たまらない魅力があるのだと思う。

ショーのプログラムが終了し、駐機している飛行機を愛でながら帰路に
就いたが、自然と目は零戦を探し足が向かっていた。 ところがその
姿はようとして見つからず、ショーへの参加を終えて帰路に就く飛行機の
爆音が上空に響き出すと、これはもう逃してしまったかと焦った。
DC3の並ぶあたりにゼロとともに出場のグラマンなど第2次世界大戦
時のプロペラ機を見つけ、ついにその最も奥にひっそりと佇む零戦を見
つけたときは胸が高鳴った。


空の貴婦人
そしてもう一つ胸を高鳴らせてくれた飛行機が4発のプロペラ旅客機
スーパーコンステレーションだ。スーパーコンステレーションの
優雅な機体のラインは今も貴婦人の名に恥じない。
飛ぶ姿は真に優雅で、シドニー/ロンドン間に4日かかったという。
1954年から1960年まで就航していたのだ。
そして、彼の名機ジェット旅客機時代の先鋒であるボーイング707
機をカンタスが導入して1959年から就航したため、空の舞台から
次第に消えていったのだった。。

これらの飛行機の多くを一同に観ることができるのは、広大で航空機
が重要な足となっている豪州ならではのことだ。


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2007/07/07(土) 11:57:15 | 旅客機等々
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